蘇れ!メンズ・ファッション 変遷 ドレスコードの確立
ファッション・マナーを多くの若者が学習した--。ビジネスウエアと普段着しかなかった日本に、欧米のドレスコードを普及させ、ファッションのマナーを教えたのも、当時のヤングマンメーカーであり、なかでもヴァン・ヂャケットは多大な功績を残した。
その“教育手法”は、単行本であったり、ファッション雑誌であったり、ときにはテレビを使う……といったぐあいに、いまから40年近くも前に、メディアミックスを駆使して行われた。
その基本は「時と場所と状況(タイム、プレイス、オケージョン=TPO)に応じて着装する」というルールである。それを高校生や大学生に向けて提唱したのである。今風にいうならスノーボードやコンピュータを覚える。そんな新しい遊びに熱中する若者、という感じでTPOを受け入れた。一例をあげれば、それはこんな内容だった。
「あらたまった場所に出るときには、明るい色調を避ける」
「ボタンダウンはスポーティなので、フォーマルには着ない」
「ベストを着るときは、ベルトのバックルを見せない」
「靴にもTPOがあり、状況に応じてデザインを変える」
このほかにも「ウェルドレスのための服装術」が紹介され、ストライプ・オン・ストライプやチェック・オン・チェックには、高度なウエアリング・テクニックが必要になる、といったような着装論も提唱された。いまでもフレッャーズ・シーズンになると、ファッション誌の多くがとりあげる服装術のルーツが、ここにある。
ファッションにとってメディアの果たす役割が大きいことは、いまでは周知のことだが、アパレル産業が勃興したばかりの60年代に、ヤングマンメーカーは自社商品のPRにメディアを使っていた。
それだけでなく、ウエアリング・テクニックを高めるためにTPOキャンペーンが、これまたメディアとのタイアップで行われていた。成熟した昨今のファッションビジネスでは考えられないことだが、こうした啓蒙活動がファッション意識の変革をうながしたことは、忘れてならない事象である。


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