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2009/09/22

なぜ、メンズファッションの教育がないのか…

 またまた間があいてしまった。友人からも「いつ訪ねても更新なしだね」と冷やかされる。書きたいことはいろいろあるが…。
 そう、ファッション専門学校のM校が「メンズアパレル科」を廃止することになった。以前にも触れたが、日本のファッション専門学校は、ほとんどがレディスのコース。ファッション市場でもメンズファッションは苦戦をしいられているが、それでもファッション市場の3割以上を占めている。それでいながら学校はというと、大手校にメンズコースがあるのを除くと、メンズファッションだけを教える学校はゼロだし、メンズコースをもつ学校も限りなくゼロに近い。
 ファッションのジェンターレスによってデザインや技術も男女共通の要素が増えているかもしれないが、それでもメンズにはレディスにない素材やテクニックが少なくない。とくにテーラードウエアのつくり方にいたっては、メンズを学ばなければ得られないものが沢山ある。
 あるデザイナーは、レディスを専門にしていながら、デザイナーにとってテーラードウエアを学ぶことは必須である、と話している。レディスにくらべると、デザインが画一的で変化に乏しいメンズファッションは、教育の世界でも地味に映るのかもしれない。とくに若い学生にとってテーラードウエアは、着る機会が少なく、退屈なアイテムになるのだろう。
 しかし、だからといって現在の状況は、ファッション界にとっても異常事態といえる。何か秘策はないものだろうか。

2008/11/05

mastermind JAPANの“世界戦”での実力

 グローバル化が叫ばれているなか、日本のファッション産業の“国際化”は輸入偏重が続いており、2兆円の輸入に対して輸出は600億円でしかない。この輸出実績は先進国のなかで最低の水準で、世界最大の輸入大国アメリカでも3000億円のファッションを輸出している。
 そうしたなか「われわれは“日本製”にこだわり、モノづくりを続けている」と語るのはマスターマインド・ジャパンのデザイナー、本間正章氏である。同ブランドは、いま、もっともホットなグローバル・ビジネスを実践中で、デザインもさることながら、匠のワザを駆使したクオリティが世界のバイヤーを惹きつけている。
 同ブランドのプロフィールを簡単に紹介すると、本間氏はあるデザイナー・ブランドに勤めた後、仲間数人と会社を興した。このあたりはファッション界では珍しくないインデーズだが、ふたを開けてみると、これが絶不調。バイヤーはおろかメディアにもそっぽを向かれる状況が続き、最後の展示会をパリで行なった。
 「いわば会社の終焉をパリで迎えようというものだった」と本間氏が振りかえるように、すべての商品を抱えてパリの見本市に出品した。すると、そこで意外な反応があらわれた。アメリカ西海岸にショップを構えるオーナーがブースを訪れ、こう言ったのだ。
 「君たちの商品は悪くない。ただ、価格と品質のバランスが悪い」
 会社を閉じるつもりで出品した商品が「悪くない」の評価を受け、消えかけた炎に明るさが増した。とはいえ、小さな会社で価格を下げる方策が見当たらない。生産ロットが少なく、これ以上値段を下げるのは無理である。対応を考えあぐねた結果生まれたのが、「コストを下げられないのなら、徹底的に品質にこだわろう。その結果高くなっても仕方がない」という発想だった。
 これが「高級カジュアル」のコンセプトにつながり、使用するテキスタイルにはじまり、加工の“品質探し”が始まった。もちろん、無名に近いブランドに手を貸すメーカーは少なく、なかば偶然のような出合いが糸口になった。訪れたデニムメーカーで応対してくれたのが社長だったのが救われた。もし、社長以外のスタッフならば、このときの要望は通らなかった。本間氏の真剣な説明が社長の心を動かした。
 それでも、いざ企画の打ち合わせになると、本間氏の注文は常識を越えていた。試行錯誤を繰り返し、やっと出来上がった素材で製品が完成。翌シーズン、再びパリの展示会に出すと、くだんのオーナーがやってきて、予想以上のオーダーをつけてくれた。有名デザイナーブランドと変らない価格ながら、これを契機に「マスターマインド」は各国のバイヤーをひきつけた。
 展示会はパリでの展示会だけ。日本のバイヤーですら、パリに行かなければオーダーできない。しかも、すべてが完全買取で、デパートといえども返品は認めない。日本では考えられないビジネスモデルである。無名のブランドでも、モノの価値を高めれば世界で通用する、ということを十二分に照明した事例である。
 その本間氏は、日本のファッションビジネスに対して、このように苦言する。
 「日本のテキスタイルは素晴らしい。うちのブランドが高い評価を受けたのは、単にデザインだけではなく、むしろ優れたテキスタイルや加工技術との出会いがあったから。それほど優秀な素材がありながら、多くのブランドが産地に脚を向けないのが不思議でならない。海外のブランドが(日本のテキスタイルを)注目しているのに…」

2008/05/10

女性用テキスタイルをメンズに導入しては…

 気がついたらプログを2ヶ月も“留守”にしてしまった。この間、学校の授業がはじまったり、ジャパン・クリエーションが開催されたり、で久々に忙しい日々に追われた。そこで感じたことは、日本最大の繊維総合展「ジャパン・クリエーション」のメルマガ編集長として、会期中、ずっと会場に張り付き、会場を歩き回っていたときのこと。
 さすがに世界で高い評価を受ける日本のテキスタイルは素晴らしいのだが、小売市場と同じく、ここでも「メンズ」が少ない。出品されている製品のほとんどがレディス用のテキスタイルで、メンズ用といえばデニムなどのコットン製品と特殊加工をほどこした化・合繊くらい。メンズウエアの主役となるウール製品が少ない。もちろん、ここに展示されるのは来年の春夏物だから、秋冬物に較べればウール製品の出品が少なくなるのは致し方ないことかもしれない。それにしてもテキスタイル展までメンズが隅に追いやられるというのは悲しい。
 それはさておき、そのジャパン・クリエーションで感じたことは、この多彩なレディス用テキスタイルがメンズにも流用できないか、ということである。原材料のバラエティだけでなく、織組織や染色、それに後加工にしても、そのバリエーションはかぎりなく広い。
 一般的にメンズウエアは、レディスに較べるとテキスタイルや縫製にいたるまで、“しっかりつくりこむ”ことを重視してきた。それはただ単に「丈夫につくる」ということではなく、精密性にこだわることが、メンズウエアの付加価値を支えてきた。そのことがレディスウエアからの転用機会を少なくした。
 しかし、これだけ感性価値が高まる時代を迎えたいま、デザイナーをはじめメンズウエアを開発する担当者は、視点を広げてみる必要がある。猛々しいイメージには不似合いかもしれないが、繊細なイメージにレディス用テキスタイルは、これまでにないファッション表現をかもし出す可能性を秘めている。

2008/03/21

IFIのメンズファッション講座

 東京・両国にIFIビジネススクールがあり、そこのプロフェッショナルコース(夜間)に「メンズファッションの実践」という講座がある。IFIビジネススクールは、正式には「財団法人ファッション産業人材育成機構」といって、ファッション産業が資金を出し合って設立した、産業人を育成する教育機関である。昼間は全日制の1年コースがあり、夜間に週1回のプロフェッショナルコースがある。
 「メンズファッションの実践」というのは、半年にわたってメンズファッションをアイテム別に、その道のオーソリティーが講師になって講義するというもので、これを聴講するのは百貨店などの小売業やアパレル企業に勤める産業人である。すでに十数年になるコースだが、昨年の秋に始まった今回の講座が先週終了した。
 このコースのコーディネーターを担当しているのだが、十数年もやっていて常に感動するのが、講師の人たちの情熱である。同じ産業人でありながら、聴講者と講師の間には知識は当然のことながら、モノに対する思い入れに大きな隔たりがある。
 例えば百貨店の担当者ならば、毎日、溢れるほどの商品に囲まれているわけだから、意識しなくても商品知識は身についていく。これを5年、10年続けていけばかなりのモノ知りになるはずである。では、キャリアを重ねれば誰でも講師になれるのか、といえば否である。とくにメンズファッションは、そう簡単にオーソリティーになれない。
 レディスウエアに比べればデザインが画一的なメンズウエアは、その分、奥行きが深い。一流品といわれる商品には、表面上はもちろんだが、目に見えないところにも、こだわりが盛り込まれている。それはアパレルだけでなく、靴においても同様である。
 この講座の講師をしていただいた百貨店のバイヤーM氏は、驚くほどのビンテージ・サンプルを自費で集め、この研究成果を仕事にいかしている。聞けば、これらのサンプルは学生時代から買い付けたもので、業界のプロというより、趣味の熱中人に近い。
 また、デニムの講座を受け持っていただいたT氏は、一見すると同じに見えるブルーデニムの生地を前にして、糸質や染色、加工によって表情が変るデニムの特性を、分かりやすく解説してくれた。この分かりやすく解説する、というのもオーソリティーならではの技である。
 ワインにテイスティングがあるのと同じように、ファッションでもブランドネームをはずして、その商品の良否が識別できる能力が必要である。換言すれば、うず高く積まれた服の山から一流品を抽出できる能力。これがメンズファッションのプロに求められる資質である。
 今回、修了した聴講者から何人のオーソリティーが生まれるのか、5年後、10年後が楽しみである。

2008/02/22

ファッション生産の危機  起業家のチャンスは? 

 だが、こうした縫製工場は、先の調査結果からも明らかのように少ない。賃加工が続き、注文先の言うままに流され、しかも給料が安く、職場の環境が劣悪……という環境では、いくら“右脳型募集”をかけたところで、若い人材からは敬遠されてしまう。
 そこでアパレル工連では職能基準の開発だけでなく、職場環境の改善にも力を入れているが、これらの条件を含めて縫製業を取り巻く状況が良くなったとしても、どれだけ若い人材を呼び込めるか……。やはり、そうした疑問は残る。
 ファッションビジネスは既成概念を破壊して、新しいコンセプトを構築する。それの繰り返しで進化してきた。カテゴリーやコンセプトがスクラップ&ビルドされ、そこから新しいエネルギーが沸きだしてくる。
 例えば最近、「ウラ原宿」が注目されるのも、既存のアパレル企業にはない、素人っぽさが“新しい価値”を生み出し、それが市場創造につながっている。もし、ファッションビジネスに規制がはたらき、新規参入を拒む状況ができたとしたら、これは不幸なことである。
 そのことは縫製業界にも当てはまる。賃加工という既成概念を打ち崩し、業界のプロには信じがたい発想で、新たな方法を生んでいく。そんなシステムが残念ながら縫製業界にはない。そして、さらなる刷新を望むのは“協業化”という考え方である。
 これも周知のことだが、日本のアパレル縫製業は零細である。工業統計によれば従業員規模が10人未満の事業所が73%を占め、100人以上の事業所は2%にも満たない。それだけに縫製業の結束が不可欠になるが、この結束力が弱い。全国各地に同業組合は数多くありながら、これが一本化されていない。全国組織が脆弱なため、縫製業の交流もかぎられ、近代化の施策も“地域完結型”になっている。
 一方、若きクリエーターたちがチャンスをもらって才能を伸ばすように、新・職人を発掘し、彼らが羽ばたいていけるようなインキュベーションを、縫製業でもつくってほしい。独り立ちしたばかりのデザイナーと手を組んで、一緒になって新しいファッションを創出する。デザイナーだけでなく、新しいショップと組んだっていい。
 もちろん、アパレル企業やショップに比べれば、工場の開設には資金もかかるし、それなりの技術力が求められる。「そんな簡単にできれば、私たちは苦労していない」との反発もあるかもしれない。だが、ファッションへの情熱もかけがえのない資産であり、そうした情熱を製造業にも向ける。そんな環境づくりが必要である。
 そうしたインディーズが手を組んで“創・工・商”を構築すれば、まったく新しい生産システムだって実現するかもしれない。ファッションビジネスは「ワクワク」と「ドギドキ」の世界だと言われる。そんな環境を縫製業がどのようにつくっていくか。これも21世紀に向けての課題といえる。

2008/02/21

生産の危機   新職人を感じる縫製業

 
 聞くところによれば、右脳型人間が集積しているのは建築業で、それも大工と呼ばれる職種に顕著だという。家づくりの技術はもちろん、彼らが右脳型と呼ばれる所以は、自在な応用技術と創意工夫に優れているからだ、といわれる。どれだけ条件が変わっても、創意工夫によって、新たなアイデアを生み出し、独自の家をつくりあげる。
 それに近い“右脳”を感じたのは、かつて東北の縫製工場を訪れたときだった。縫製工場としては大きなクラスで、主にメンズのシャツを生産、そこで「工賃だけでは縫製技術は語れない」ことを実感した。
 一般的にドレスシャツの縫製工場は、いたるところに自動機器が並び、まるでロボット工場にいるような近代性を感じる。ポケットやカフスのパーツづくりは、すべて機械がやってしまう。人間はセットするだけで、あとは専用機がこなす。
 ところが訪れたシャツの工場は、最終工程にハンガー式のラインがあるだけで、その多くは“有人工程”である。勤続20年のキャリアをもつ技術者が、まるで精密機械のような細かい作業を行っている。そして、驚いたのが工程に流れる製品の多様性である。
 生地が薄いドレスシャツ工程の横では、肉厚のダンガリーシャツがつくられ、一度に何種類ものシャツが流れている。この多様な製品をこなすには、どんな状況にも対応できるベテラン・オペレーターが欠かせない。いってみれば職人が集まった工場。そんな感じがする。
 周知のようにシャツは精密性が要求されるアイテムである。ミリ単位の誤差が欠陥にあらわれる。それだけに縫製ロボットが欠かせない。しかし、精密性をクリアすればいいのか、といえば否である。多くのファッションがそうであるように、精密なシャツといえどもテイストが求められる。言い方を換えれば「シャツの味」ということになる。
 この味を出すには、デザインやパターンメークはもちろんだが、縫製仕様によっても味は千変万化する。その“味出し”ができるかどうか……。
 「当社では、まず欧米に負けない技術がある、と自負しています。問題は工賃で、しかるべき料金をいただければ何でもつくれる。ところが、現状は1枚1200円の攻防で、工賃は同じで『いいものをつくれ』ですから……」
 シャツ工場の社長は、なかばあきれ顔で、こう話していた。

2008/02/20

ファッション生産の危機   適正な技能評価の基準

 
 いわば「前門の虎、後門の狼」という“複合苦境”に立たされた縫製業界だが、それでも生き残りをかけた情熱は失せていない。同工連の調査によれば、事業拡大をはかる戦略要素として、イタリアにもあったように「企画機能をもち、取引先とのパートナーシップを構築する」という意見が64%にのぼり、自社ブランドの開発(33%)や海外に工場を出す(20%)、小売業を併設する(19%)……といった具合に、前向きな意見が少なくない。
 また、21世紀を見据えた縫製業を支える人材開発にも取り組み、新しい職能評価をつくりあげたことも、困窮をきわめる製造業に明るい話題を提供した。アパレル工連が欧米に視察団を送り込み、3年がかりで作成した「技能評価基準」がそれで、そのポイントは次の通りである。
 ■技能者は、それぞれの職場、それぞれの職種から培われた技能の持ち主であり、画一的な評価は公平さを欠く。
 ■分業構造の工業生産下では、必ずしも多くの分野の技術に精通していなくても目的は果たせる。このため専業化が進み、関連する必要な技術習得が減少傾向にある。
 ■技術者のもつ技能は特定技能に秀で、それ以外の技能には未熟、というのが一般的ある。
 ■今後求められる人材は、いかに「多能工」を育てていくか、が大きな視点となる。

 こうした考えに立ち、パターン製作、裁断・縫製準備、縫製、仕上げプレス、製品検査、生産管理など六つの基準がつくられた。そして、それぞれの基準には「初歩」「基礎」「一般」「優秀」のレベルが設けられ、誰もが公平に評価できる職能基準ができあがった。このプロジェクトの責任者は、次のように話している。
 「クリエーションが叫ばれる中、あらためてモノ作りが見直されている。アパレルでも新たな人材として『新・職人』が求められ、価値創造に取り組む右脳型人間の業界でもあるソーイング業界に若い力を呼び込みたい」

2008/02/15

ファッション生産の危機  イタリアでも厳しい賃加工

 アパレル製造業に関する状況は、先進国に共通した問題だともいえ、例えばイタリアでも下請企業(生産専門企業)は1990年代に入ってから、短納期、小ロット、品質要求がシビアになってきた、という。
 同じくアパレル工連がまとめた「海外雇用実態調査」によれば、熾烈になるファッションビジネスの国際競争のもとで、イタリアのアパレル産業が優位に立つには、下請企業といえども国際競争力が不可欠であり、そこでは次のような施策がとられている。
 ■注文先のアパレル企業とのパートナーシップに生き残りをかける
 ■商品企画力をつけてアパレル企業に飛躍する
 ■注文先のアパレル企業に商品企画でサポートする
 ■さまざまなサービスを便宜する
 そして、この「サービス」について同報告書は、イタリアの現状をつぎのように記している。
 「(下請企業の)サービスの質的向上については、ますます強化されている。新しいタイプとしては、企画にも参加し、生産の全工程を代行できる企業も生まれている。アパレル企業から簡単な素描画を与えられると、他の下請企業も活用して、すべてをまかなう。中には素材の提供、品質の検査まで下請企業が責任を持って行い、小売店に納品まで行う例もある……」
 イタリアと日本とでは業界構造が異なるが、どちらも下請企業が厳しい状況に置かれている点は同じである。その原因も製造コストの安い外国生産が増加し、短納期、小ロット、品質要求……といったぐあいに酷似した内容が多い。これを「注文先企業の締めつけ」とみるか、「これも国際競争の一つ」とみるか。イタリアでは下請企業も「国際競争力を強化することで生き残りをはかろう」という見方が多いようである

2008/02/08

ファッション生産の危機  「拡大をめざす」縫製業は2割

 ところで、日本アパレルソーイング工業組合連合会がまとめた「実態報告書」によると、日本の縫製業は取引形態で「賃加工のみ」という企業が72%に上る。これに「主に賃加工」(14%)を加えると、その数は86%に跳ね上がる。一方、これに対して「原料買い製品売り100%」という企業は4%にすぎず、「主に製品売り」の10%を足しても、全体の2割に満たない。
 この報告書による工場の平均年商は3億3000万円で、経営の方向性についても「現状を維持する」が58%に達し、「縮小をはかっていく」(11%)を足すと7割近くが“悲観派”ということになる。そうした一方「事業拡大を目指す」は23%でしかない。このあたりからも縫製業の疲弊ぶりが伺える。
 そこで縫製業を取り巻く経営環境について、あえて問題点をあげてもらうと、次のような意見が目立った。
 ■加工賃の引き下げ   95%
 ■採算性の悪化     92%
 ■生産性の低下     84%
 ■人件費の高騰     84%
 ■受注量の減少     80%
 ■従業員の高齢化    80%
 ■時短推進が困難    76%
 ■生産の小ロット化   75%
 ■人材育成の状況    70%
 どれもが一朝一夕には解決できない、深刻な問題である。こうした厳しさは人的資源にも影響を及ぼし、例えば新卒採用の状況をみると、過去5年間で「採用ゼロ」が56%に上っている。そして新卒採用の問題として、経営者は「他の業種に比べて賃金が安い」(61%)、「業界イメージが悪い」(47%)と訴えている。しかも、ここに「やや思う」を加えると、両者の数値は各々86%に跳ね上がる。

2008/02/07

ファッション生産の危機 国産の2倍を越える輸入品 

 日本にかぎらず先進国のアパレル産業にとって、生産の国外流出は避けられない問題である。欧米でも製造コストが安い開発途上国での生産が増え、アパレル製品の貿易収支は赤字となる国が多い。そうした状況からすれば、日本のアパレル輸入の入超現象に目くじらを立てることはないのかもしれない。だが問題は、そのバランスである。
 繊維産業構造改善事業協会(現・中小企業基盤整備機構)がまとめた「衣料品生産実態調査報告書」をもとに、アパレル製品の需給動向をみると、1988年は生産量が16億点で、輸入は13億点である。ここでは1.2倍(数量)も国内生産のほうが多かった。ところが、こうした状況は6年で逆転してしまい、94年には国内生産の13億点に対し、輸入が27億点。何と2倍もの大差が付いてしまった。これにともない国内消費に占める輸入品のシェアも、6年間で48%から68%に拡大した。
 一方、アパレル輸出は94年の実績で8400万点にすぎない。88年に1億8000万点もあったものが、わずか6年で半分以下になってしまったのである。94年の輸入が27億点だから、アパレル製品の貿易収支は32倍の入超ということになる。
 ちなみに財務省の貿易統計(2005年実績)では、アパレル輸入額が約2兆4700億円であるのに対し、アパレル輸出額は帽子などの雑貨含めても約540億円である。アパレル輸出額は年々低下し、輸出額は輸入額のわずか2%程度の水準に止まっている。

2008/01/28

オトコも“装楽”を体感する

 以前、朝日新聞の投稿欄に、定年退職した男性からの一文が掲載されていた。会社を辞めて悠々自適の生活を送っている男性が、服装がもたらす心理変化を実感した、という話である。
 スーツにネクタイ姿でサラリーマンを過ごしてきた男性が定年後、カジュアルな服装になって驚いたのは、それまで気付かなかった色の世界だった。地味な色柄のビジネスウエアにはない、カラフルなカジュアルウエアを着ているうちに、色の楽しさを実感したのだという。
 これと似た話は、ほかにもある。ある時、首都圏の市役所から講演依頼を受け、男性ファッションについての話をした。受講者の平均年齢は60歳を越えており、その人たちにメンズ・ファッションを語る、という冷や汗が出るような講演会である。
 講演が終盤にさしかかり「皆さんの中で、自分で服を買っている人は?」と聞いてみた。すると、40人あまりいた受講者のほとんどが「妻が買う」という状況。自身での購入はゼロだった。
 そこで受講者の人たちに、次のような提案をした。
 「靴下でも、ベルトでもいいから、自分で選んで買ってみてください。そうすると、靴下一つでも、皆さんの想像以上に種類が沢山あり、選ぶのに迷うはずです。そして、自分で買ったものが、とても気になることに気付くはずです。それがファッションの第一歩なんです」
 それから数日経ったある日、受講者の一人から手紙が届いた。言われた通り、自分でシャツを買ってみると、確かに商品が多すぎて迷ったし、いざ着る段になると、心配になった。派手過ぎるのではないか、と気になったが、家族の評判は上々。手紙は「こんなに楽しいこととは思わなかった」と結んであった。
 どちらも服には無頓着だった男性が、ファッションに目覚めた心境を語る、興味深い事例である。ファッション教育とは、業界人もさることながら、こうした男性への啓蒙を含まれている。これも市場掘り起こしのヒントになる。

2008/01/16

オジンの奮戦記 スカートを作る!③

 最後の追込みが2週間続いた。いよいよ、縫製作業の始まりだ。その前に服地にアイロンを当てる。バキューム装置の付いたスチームアイロン。家にある家庭用とは違う。これを使って服地と裏地をプレスする。次に服地を型紙に沿って裁断。服地が薄いためハサミが進まない。丁寧にやればやるほど、断面がぎざぎざになる。
 これが終わると、裁断した部分にロックミシンを掛ける。工場見学では何度も見ているが、やるのは初めて。まず、先生が手本を示す。服地の端を数ミリ切断しながらロックを掛ける。「切り過ぎないようにね」の指示にペダルを踏み込む。ゆっくり服地が前進するのだが、肝心のロック部分が空縫い。服地の切りすぎを恐れたためか、数箇所に空縫いが生じ、縫い目を解いてやり直しの連続。試行錯誤を繰り返しながら、脇線とヘムのロックが完了した。
 次に待ち構えていたのが本縫いである。本縫いをするにあたって服地に躾を施す。躾糸で服地の中心線を縫う。それが終わると「切り躾」といって、二枚に重ねた服地を縫い、重なり部分の躾をにぎりはさみで切り離す。服地を切らずに躾糸だけを切るのは根気がいる。
 その服地を持って重厚な工業用ミシンの前に座る。自動車教習所で初めてハンドルを握ったときの心境を思い出す。膝の位置にあるレバーを足で押すと、ミシンのおさえが自動的に上がる。手動の家庭用ミシンとは違うな。ちょっとした感動を抱きながら、ゆっくりペダルを踏み込む。カシン、カシン……乾いた音を響かせながら服地が動き始める。スカートの両脇が縫合されると、かなり完成品に近づいた。


 4日目。始める前に先生の「今日中に完成させようね」に「えっ?はい…」。前回の作業で完成品に近くなったとはいえ、ベルトもなければファスナーもない。ウエストのギャザーだって、これからである。果たして完成するのか……。
 まず、裏地作りからスタート。型紙に合わせて裁断し、ロックを掛ける。前回に比べれば、ロックも本縫いもスピードが上がった。するとすかさず「慣れてきたときにミスを冒しやすいから注意してね」の警告。作業態度で気持ちを見抜かれてしまった。気持ちを入れ替えて慎重にミシンを回す。
 出来上がった裏地を、こんどは表地と合わせる。ボディに二つをピン止めして、床上がり寸法を調節する。スカートの裾をまくり、表地と裏地の丈を合わせる。堂々とスカートをまくりあげるのは、これが初めてである。
 それが終わると、脇にファスナーを取り付け、さらにウエストをつくる。ギャザーのバランスは先生に一任。先生の仕事を見学する。そして、ウエストベルトを本体に縫い合わせると、ほとんど完成だ。「あとは纏りだけ……」と聞いて安心していたら、これが大変。おばあさんの裁縫作業が待っていた。ウエストの裏側とスカートのヘムを1周。これを手で縫っていく。針仕事をこんなに長い時間やるのは、小学校での家庭科実習以来のことである。


 かくして「オジンのスカート挑戦」は、延べ4日間、時間にして約20時間を費やし、何とか完成にこぎつけた。もちろん、その多くは先生の手助けによるもので、こちらは役立たずの助手をしていたに過ぎないが、それでも一つのアイテムを最初から最後まで立ち会えた経験は貴重である。なぜなら、20時間も続けて見学することは不可能に近いからだ。
 この研修によって得たものは技術ではない。もし、技術を習得するためだったら、パターンだけでも1、2年。縫製にしても同じである。では何を習得したのかといえば、スカート1着を作り上げる、すべての工程を体感したこと。人づての話や見学では得られない、服づくりの技術や作り手の意識を、直近で感じることができた収穫は大きい。
 もし、これをファッション産業に従事するすべての人(営業や販売)が体感したならば、もつと健康な産業になるだろうし、一般の人たちにとっても“賢い生活者”への一助になるはずである。ともすれば、服づくりがコストの秤に掛けられがちな昨今ではあるが、今回の研修によって「つくり手」と「着る人」のコミュニケーションがさらに密になる必要を感じた。つくり手の心情、心意気が着る人に伝わったとき、それがグレードのいかんにかかわらず、新しい価値を生むのではないか。そんな思いが増幅する。

2008/01/13

オジンの奮戦記 スカートを作る!②

 2週間ぶりにアトリエに行く。前回は初めてのドレーピングだったが、今日は何を学ぶのか……。
 すると、先生曰く。「パターンそのものの勉強も大事だけど、今回は“自分でスカートを作る”がテーマだから、大体の流れを把握するためにCADを使ってパターンをつくってみましょう」
 これまで取材でCADの実演は見たことがあるが、自分で操作するのは初めてである。そんな初心者の不安を知ってか知らずか、先生は大きな白板のカバーを取り払う。聞けば、これは白板ではなく、デジタイザーという入力装置の一つなのだそうである。
 画面上の位置を指示するマウス型の装置と、位置を検出する板状の装置を組み合わせたもので、ここに前回作成したシーチングのパターンを貼り付ける。貼るというよりは、静電気によってシーチングが吸い付く、というのが正しい表現。

 コンピューターを立ち上げ、デジタイザーとリンクする。といっても、基本操作は先生に委ねる。先生の“模範演技”をなぞる形で、デジタイザーに吸着したパターンにマウスを合わせる。直線部分は、「Z」ボタンをクリックしてマウスをウエストから裾をマーク、曲線はマウスを基点に合わせ「1」ボタンをクリックしてから終点をマークすると、たちどころに直線や曲線が画面にコピーされる。
 「これば便利だ」と感心する一方、これを自在に操るには「ワープロどころではない……」と思い、溜息が出た。それからの作業は、先生の横での“見学者”。ドレーピングが必ずしも正確ではなかったため、何度も修正の手が加えられる。ウエストを細くするだけなのに、先生は電卓を叩きながら修正数値を割り出す。前身と後ろ身の寸法バランスに始まり、ダーツ間のバランスも計算する。その間、CADを見つめる生徒は操作についていけず、頭の中は真っ白。インプットは停止したままだ。

 デジタイザーを使ってパターンを入力し、グレーディングを終えると、カッタープロッターでパターンを出力する。このあたりは何度も見学していた光景だから、別に驚きはない。問題は、この型紙を服地におくマーキングからである。今回使用する服地は、清涼感があふれる草花をプリントした絡みメッシュである。見た目には涼しげで、模様もさっぱりしていて気持ちがいい。しかし、イメージ先行のこの服地が素人の手に負えないことが、その後の作業で明らかになった。
 まず、マーキングが大変。服地が薄いため、地の目が見えにくい。そのうえ、あちこちに服地のたるみができてしまい、これを地の目にあわせて逃がしていく。手の甲で地の目方向に撫で付けたり、軽くパンパンと叩いたりしながら、服地の余りを逃がしていく。これを何度も繰り返す。
 すると、「これは、ちょっと大変」と先生が唸った。スカートの裾部分の模様とパターンが合わない。柄が円形にデザインされているため、その円と裾が合わなくなった。個人的には「無理にあわせなくてもいい……」と思っていたが、それは素人の考え。プロは何としても柄合わせにこだわる。

 そこから先は、何をどう処理しようとしているのか、説明は受けるのだが分からない。
 理解した内容を整理すると、服地の模様とパターンを合わせようとすると、地の目を無視しなければならない。ただ、これは後の工程で修正できる、というものだった。そして、粗裁ちした服地に躾を入れる。今回初めての縫い仕事である。その躾をした服地を、こんどはボディに合わせる。最初のドレーピングと同じだが、前後の身頃をピンでとめると、完成品に近いシルエットが生まれた。

2008/01/09

オジンの奮戦記 スカートをつくる!

 メンズファッションとレディスファッションは、年を追うごとに近接している。ジェンダーレス時代を迎えて、両者のデザインや技法が“キャッチボール”を繰り返し、新たなファッションを形成している。そこで、メンズファッションしか知らない筆者がレディスウエアの製作に挑戦した。以下は、その奮戦記である。
       ◇      ◇                         
自分で、ちゃんとした服を作ってみたい……。
新聞記者から数えてファッション業界に30年。
いまでは商品講座の教鞭をとるまでになったが、いちども服を作ったことがない。
縫製業界の業界革新を訴えながら、もの作りは見るだけで、
ミシン操作も知らない。
そんな矛盾が、潜在的な服づくりを増幅させていた。
すると、「それなら福ちゃん、やってみようよ」。
若いデザイナーを育てているアトリエ・サボの渡辺慶子さんが背中を押した。
      ◇      ◇ 
そして、いよいよ初日。
いきなりスカートのドレーピングの実習である。
あらかじめ用意されたシーチングに線を引く。
「地の目を揃えて……」
その後、なんどもアドバイスされた言葉である。
最初は、その意味がわからない。
描きいれた線を、こんどはカットする。
どう見てもスカートとは思えない、台形のパターンが出来上がった。
「これがスカートになるのか?」
      ◇      ◇ 
次に、そのパターンをもって、ボディーの前に座る。
ボディーにはセンターと、水平に黒いテープが張ってある。
この光景はなんども見てきたが、意味が分かったのは初めてだった。
センターのラインは、身体の中心線。
水平なものはバストとヒップのライン。
「身体で水平なのはバストとヒップなの」
先ほどカットしたシーチングの前身頃をボディーに合わせる。
合印を合わせてピンを縦横(蝶々打ち)に打つ。これで生地の動きが止まる。
ただ、意外とボディーは硬く、ピンが刺さりにくい。
こんどはシーチングに描きこんだラインをボディーに合わせる。
先生の手本通りに、何本もピンを打ち込んでいく。
ピンの頭が小さく、打つたびにピンが指に食い込む。痛い。

何とか前身ごろがボディーにセットされた。
が、平面なシーチングとボディーの間は隙間だらけ。
「では、次にいきます」
先生はウエストの縫い代上部に切り込みを入れ、ウエストラインに沿ってピンを打つ。
それを真似て、不慣れな手つきでピン打ち開始。
先生はウエストの三分の一あたりで手を止め、ボディーの下腹部を手の甲で押し上げた。
「ここは地の目に沿って、ゆっくり押し上げるの」
しかし、素人には地の目が見えない。
目を凝らして、生地の目を探す。そこからゆっくりと生地の余りを寄せあげる。
これがダーツである。
ヒップラインから10㌢あたりに蝶々ピンを打つ。
これがダーツ止まりになる。
そこから生地の余りを内側に寄せ、ピンを打つ。
生地の重なりとボディーを止めるのは難儀である。
とても先生のようにはいかない。
そして、とうとうやってしまった。
シーチングに血のシミが……。
「最初はみんながやること」
そう言い、何事もなかったように先生はピンを打つ。
悪戦苦闘の末、2本目のダーツも終わり、なんとなくスカートになってきた。
      ◇      ◇ 
前身が終わると後ろ身の作業だが、ここまでくると、だいぶ慣れてきた。
たった一枚の布が、ピンを打つだけでスカートになる。
前後の作業が終わると、黒ペンでポイントをつけていく。
5㍉ぐらいの間隔で、ウエストライン、ダーツの重なりなどをマークする。
これがパターンの元になる。
      ◇      ◇ 
初めてのスカート作りが完了。
と、思ったら「では、次にフレアをやりましょう」
手順はタイトと同じだが、ピン打ちが進むにつれて、疑問が頭をもたげる。
フレアスカートだから、当然、脇線はタイトより分量が多くなる。
その分量が、ウエストとヒップの脇のポイントを下げてしまうのだ。
「えっ……」
説明を受けても、疑問は解けない。「もっと幾何を勉強しておけばよかった」
それでも指示通りにピンを打っていくと、なんとフレアスカートになったではないか。
かくして、4時間にのぼる実習が終了。
いままで体験したことのない集中。
まだ、スカート作りにとっては序の口だが、充実感は完成に近い。

2008/01/06

古着でも競争力のあるファッション

 2008年が始まった。昨年まで「蘇れ!メンズファッション」を連載し、メンズファッションが抱える問題点や対応策について自分なりの考え方を記してきたが、年頭にあたってファッション全体の課題について述べてみたい。
 新年の新聞やテレビで目立ったのが環境に関する特集である。今年は、洞爺湖サミットが開かれることもあってか、地球温暖化についてさまざまな切り口で警鐘を鳴らしていた。個人的には21世紀から「アパレルリサイクル」への取り組みに参画し、現在もファッションビジネス学会でアパレルリサイクル研究部会に加わり、地道な活動を行なっている。
 そこで簡単に日本のアパレルリサイクルの状況を説明すると、1年間に家庭から排出されるアパレルのゴミ(衣料廃棄物)は約100万㌧にのぼる。そのうち何らかの方法でリサイクルされる量は、たったの10%。残りの90万㌧が焼却されたり、埋め立てられたりしている。この90%を、どうしたら減らせるか…。これが研究部会でのテーマである。
 その方法としては「3R」といって、リデュース、リユース、リサイクルの三つがあるが、欧米先進国でもっとも比重が高いのがリユース、いわゆる古着として再利用する方法である。日本でも古着を扱う店が増えており、ジーンズのように古着が新品を上回る価値をもつような例もある。
 そうした中、興味をもたれるのが古着の商品力である。例えば、玉石混交となったリサイクルショップにいくと、そこには様々な商品が置かれている。有名ブランドもあれば、聞いたことがないようなブランドもあり、ここでも有名ブランドの値段は高いが、それでも売れ足が速い。また、無名でも高級な素材を使っていたり、つくりが丁寧だったりする商品も売れ筋となる。
 こうした状況をみていると、古着市場でも競争優位に立つ商品には共通点がある。そのひとつがブランド力であり、ふたつ目がデザインや品質に代表される商品がもつ価値である。どれだけ有名ブランドでも、古すぎるデザインはデッドストックになってしまう。ここで大事になるのは商品がもつ魅力である。
 古着市場でも優位に立てる商品。このことを視野に入れたマーケティングやマーチャンダイジングも、エコ・ファッションにとって重要になるテーマと思うのだが…。

2007/12/28

蘇れ!メンズ・ファッション どう掘り起こす、埋もれたチャンス

メンズウエア市場には、まだ埋もれた消費が1兆円はある、というのが筆者の見解である。とくに中高年を対象にした分野は、その多くが手つかずの状態になっている。この未開拓分野に、どうメスを入れていくか。さらには感性消費が常態化する中で、世界発信ができるメンズ・ファッションを、どう育んでいくか。市場活性化に向けた課題は山積している。
 まず、消費者へのアプローチでは、これまで何度も述べてきたように、“買わない男性”の撲滅をはかる。これが至上命題である。先進国のなかで、アパレル消費を他人任せにするのは日本ぐらいである。これが服装音痴を増殖させ、さらにはメンズウエアを価格競争に走らせている。
 たしかにファッション商品には、必需品と奢侈品とがあって、最近は生活パーツとしてのファッションが見直されているが、それでもファッションから趣味趣向が消えてしまったわけではない。最近のスーツはワークウエアと同義語になりつつあるが、だからといってワークウエアが機能一点張りでいい、ということにはならない。
 アクティブ・スポーツウエアが運動機能だけでなく、メンタル機能としてデザインのもつ重要性が付加されているように、ビジネスマンのワークウエアにしても、メンタル部分の機能開発が欠かせない。しかし、そのことを理解するビジネスマンは少数派であり、圧倒多数は「おかしくなければいい」と決め込んでいる。こうした図式を変えなければ、日本のビジネスウエアは発展しない。
 一方、消費者とは別に、メンズアパレル業界が抱える問題は、何といっても感性消費への対応にある。「ミリメーター・チェンジ」に代表されるように、メンズウエアには物理的な精密性が求められ、この物性を抜きにしての感性化はむずかしい。だが、この物的有用性を極めたうえでの感覚有用性の開発は急務である。
 一部のメンズアパレル企業では、新進デザイナーを起用して“感性型メンズ”を打ち出す例があるものの、大半はブランド戦略すら後手に回っているのが実情である。かつて東京コレクションで話題となったメンズのDCブランドも、最近はめっきり減ってしまった。
 90年代になってからのメンズウエアは、ロードサイド専門店によるスーツとカジュアルウエアの格破破壊によって、市場全体がプライスに振れている。非価格競争で元気がいいのは、欧米のセレブ系ブランドぐらいで、国内ブランドに精彩がない。
 この状況を一言でいうなら、メンズアパレル業界における「MD喪失症候群」といえる。マーチャンダイザーやバイヤーの自信喪失が、市場回復のエネルギーを奪ってしまった。では、どうやってMD回復をはかるのか……。
 そのための第一歩は、MDやバイヤーにかぎらず、すべて業界人がファッションとの距離を縮めることにある。「メンズウエアは、ここが面白い!」「メンズ・ファッションの奥義はこれだ!」…こうした意識が市場に共鳴する。ファッション意識の改革、いまメンズ・ファッションは、業界と消費者の双方にこれが求められている。
 メンズウエア市場には、まだ埋もれた消費が1兆円はある、というのが筆者の見解である。とくに中高年を対象にした分野は、その多くが手つかずの状態になっている。この未開拓分野に、どうメスを入れていくか。さらには感性消費が常態化する中で、世界発信ができるメンズ・ファッションを、どう育んでいくか。市場活性化に向けた課題は山積している。
 まず、消費者へのアプローチでは、これまで何度も述べてきたように、“買わない男性”の撲滅をはかる。これが至上命題である。先進国のなかで、アパレル消費を他人任せにするのは日本ぐらいである。これが服装音痴を増殖させ、さらにはメンズウエアを価格競争に走らせている。
 たしかにファッション商品には、必需品と奢侈品とがあって、最近は生活パーツとしてのファッションが見直されているが、それでもファッションから趣味趣向が消えてしまったわけではない。最近のスーツはワークウエアと同義語になりつつあるが、だからといってワークウエアが機能一点張りでいい、ということにはならない。
 アクティブ・スポーツウエアが運動機能だけでなく、メンタル機能としてデザインのもつ重要性が付加されているように、ビジネスマンのワークウエアにしても、メンタル部分の機能開発が欠かせない。しかし、そのことを理解するビジネスマンは少数派であり、圧倒多数は「おかしくなければいい」と決め込んでいる。こうした図式を変えなければ、日本のビジネスウエアは発展しない。
 一方、消費者とは別に、メンズアパレル業界が抱える問題は、何といっても感性消費への対応にある。「ミリメーター・チェンジ」に代表されるように、メンズウエアには物理的な精密性が求められ、この物性を抜きにしての感性化はむずかしい。だが、この物的有用性を極めたうえでの感覚有用性の開発は急務である。
 一部のメンズアパレル企業では、新進デザイナーを起用して“感性型メンズ”を打ち出す例があるものの、大半はブランド戦略すら後手に回っているのが実情である。かつて東京コレクションで話題となったメンズのDCブランドも、最近はめっきり減ってしまった。
 90年代になってからのメンズウエアは、ロードサイド専門店によるスーツとカジュアルウエアの格破破壊によって、市場全体がプライスに振れている。非価格競争で元気がいいのは、欧米のセレブ系ブランドぐらいで、国内ブランドに精彩がない。
 この状況を一言でいうなら、メンズアパレル業界における「MD喪失症候群」といえる。マーチャンダイザーやバイヤーの自信喪失が、市場回復のエネルギーを奪ってしまった。では、どうやってMD回復をはかるのか……。
 そのための第一歩は、MDやバイヤーにかぎらず、すべて業界人がファッションとの距離を縮めることにある。「メンズウエアは、ここが面白い!」「メンズ・ファッションの奥義はこれだ!」…こうした意識が市場に共鳴する。ファッション意識の改革、いまメンズ・ファッションは、業界と消費者の双方にこれが求められている。

2007/12/27

蘇れ!メンズ・ファッション メンズに少ない専門教育

 ファッションビジネスにおける男女格差は、先進国の中でも日本は突出している。誰がみても、小売店の店舗数や販売額に3倍もの差があるのは異常である。そして、さらに深刻なのが人材育成で、ここでの男女差は3倍どころか100倍以上の差になっている。そのぐらいメンズ・ファッションを教える学校が少ない。
 かつて日本が繊維王国といわれた時代には、全国各地の大学に「繊維学部」が存在した。ところが繊維産業が斜陽化すると、多くの大学が繊維学部を廃止し、いまでは二つの国立大学に名をとどめるだけの状態になってしまった。
 ただ、それもアパレルや小売業向けの教育になると話は別で、ファッションビジネスを教育する専門学校は、数でいえば日本は世界一。大小合わせると500~600校にのぼる。これほどの“ファッション・カレッジ”をもつ国は、日本をおいてない、というのも事実である。
 ところがメンズファッション業界にとっての問題は中身で、圧倒多数の専門学校が“婦人科”で成り立っている。かつて家庭洋裁を教える教育機関として出発しただけに、メンズ・ファッションを教える学校が極端に少なく、それが100倍以上の開きにつながっている。
 最近はファッションの男女差が縮まってきたとはいえ、デザインをはじめパターンや製造方法には、メンズウエアならでは技術が多い。とくにテーラードウエアやシャツのように、精密性が要求されるメンズウエアの技術は、専門教育が欠かせない。
 それでいながら現実は、企業に入ってからOJTで教える、というパターンが多い。レディスファッションは基礎から学べるのにメンズファッションにそれがない、というのはアンバランスである。
 ここは、小売業を含めたメンズ・ファッション業界が、専門学校に働きかけ、それこそ産学協力によって“男性科”増設に注力すべきである。これだけ人材育成が叫ばれているのに、いまだにその働きかけがない、というのも不思議なことである。

2007/12/26

蘇れ!メンズ・ファッション もう一度「ビジカル」開発を

 日本のメンズウエア市場は、カジュアル化が進展しているとはいえ、まだまだビジネス用途で買われるケースが多い。もっといえば、何らかのモチベーションが働いたとき、男性の消費は盛り上がる。購買目的をオン・デューティとオフ・デューティに分ければ、前者に比重がかかるのが男性消費の特徴である。
 そのビジネスシーンで主役を占めるのがスーツである。先進国のなかで日本のスーツ消費が突出していることは、前にも述べた。
 ちなみに日本なの男性人口は約6000万人。このうち社会人の対象となる20歳から64歳までの人口は約4000万人になる。そこでスーツ供給量の1000万着を4000万人で割ると、4人に1人が買わなければ余ってしまう勘定になる。現実には4000万人の社会人のうち、スーツを常用するのは多くて半分。だとすれば、この供給量は供給過剰になる。
 人口が日本の2倍以上になるアメリカでは、すでにスーツの消費量が800万着ぐらいに減っている。これを日本の人口に置き換えれば年間400万着というのがアメリカの消費水準であり、これをみても日本のスーツ消費はすこぶる高い。
 今後、日本がアメリカのようになるかどうかは気になるところだが、それとともに考えなければならないのがビジネスウエアの開発である。カジュアル・フライデーが話題になった頃は、日本でも“仕事用のカジュアルウエア”が論議されたが、最近はトーンダウンしてしまい、関心が薄れてしまった。
 しかし、カジュアル・フライデーとは別の世界で“仕事用のカジュアルウエア”へのニーズが確実に増えている。いわゆるホワイトカラーのノーネクタイ族といわれる分野で、この人たちのビジネスウエアが開発されずにいる。
 いまから20数年前、西武百貨店は「ビジカル」というコンセプトを発表し、多くの関心を集めた。マスコミや芸能、音楽、美術などといった業界には、管理職のポストに就きながら、ネクタイとは無縁のビジネスマンがいる。外見はカジュアルなスタイルながら、彼らにも職業上のステータスがあり、それなりの品位が求められる。
 そうした状況に着目した西武百貨店は、カジュアルなデザインながら、ビジネスシーンに対応できる商品を開発した。それが「ビジカル」というコンセプトだった。スーツ族ならエグゼクティブになれば10万円以上のスーツを購入する。洋の東西を問わず、外見にステータスを求めるのがビジネス社会である。
 だが、ノーネクタイのエグゼクティブには、オフ・デューティ用に開発されたカジュアルウエアしか見当たらない。ステータスのある高級ブランドでも、ビジネスシーンを意識したカジュアルウエアは少ない。もしあるとすれば、着用シーンを特定しないでつくられたデザイナーブランド、これが数少ないビジカル対応商品なのかもしれない。

2007/12/24

蘇れ!メンズ・ファッション メンズウエアのブランドバリュー

 女性に比べると男性のほうがブランドに左右されやすい。最近でこそ、女性の有名ブランド志向が注目されるようになったが、ブランドの歴史をさかのぼると、ブランドビジネスは男性の支持によって大きくなった、といえる。
 そのことは時計の「ロレックス」やライターの「ジッポ」、オートバイの「ハーレー」の存在が証明している。書店に並ぶ「世界の一流品図鑑」の多くは、男性をターゲットに企画されたものである。
 ここに、ブランドがもたらす男女の違いを示したデータがある。日本衣料管理協会が調査したアパレル商品の購入動機がそれで、既婚の男女を対象に行った調査データによると、購入動機の上位は次の通りである。
       男性  (1997年調査)
 1位  趣味感覚に合う(34%)
 2位  サイズが合う (21%)
 3位  着て良く似合う(12%)
 4位  価格が手頃  (11%)
 5位  ブランドが良い( 9%)
       女性
 1位  趣味感覚に合う(43)
 2位  着て良く似合う(16%)
 3位  品質が良い  (14%)
 4位  サイズが合う (13%)
 5位  価格が手頃  ( 8%)
 ここで興味深いのはトップにあげられた「趣味感覚に合う」という理由が、男女間に10ポイント近くもの差が生じたことで、ファッションに対する趣味の実感は男性ほうが劣っている。
 さらに注目されるのが男性の5位にランクされた「ブランドが良い」という項目で、ちなみに女性の回答をみると、こちらは7項目の最下位、数値にして2%に満たない状況である。この調査では女子大生の購入動機も付記されているが、ここでも「ブランドが良い」は6%と数値は高いが、7項目の中で最下位にランクされている。
 このデータで考えられることは、総じて男性はブランドバリューに弱い、ということ。その一方で、こうも考えられる。ここで回答したのは女子大生の父親であり、年齢的にみれば40代後半の世代である。ファッションを自分で買わず、妻任せにする世代だけに、もともとファッションには無頓着。ファッションが分からないから、ブランド志向に走ってしまう、という見方もできる。
 だが、後者の要因が強いとしても、一連の消費をみていると、男性のほうがブランド志向になりやすい。ファッションへの関心とは別に、ブランドがもつ神話に共鳴しやすい体質をもっている。そのことは冒頭の状況が示している。
 だとすればメンズウエアは、もっとブランドにこだわる必要がある。現在、メンズウエアのブランドといえば、その多くが有名ブランドとのライセンス商品である。知名度の高い国産ブランドは数えるほどしかない。ブランドのストーリー開発に着手し、その共鳴者を増やしていく。そんな努力がメンズウエアには不可欠である。

2007/12/21

蘇れ!メンズ・ファッション セレクトと品揃え

 最近はどうか分からないが一時期、学生の人気職種としてセレクトショップのバイヤーがクローズアップされた。それも欧米の輸入品を集めたインポートショップのバイヤーになりたい、という学生が多いらしい。
 世界を飛び回り、自分の感覚で商品を買いつける。そのことが、どれだけ大変な仕事かはともかく、学生にとっては魅力的な職業に映るようだ。だが、そのセレクトショップが拡大解釈されている、という意見がある。「品揃え」と「セレクト」の言葉が混同して使われている、というのである。
 例えば、チノパンツを買い付けるとき、気に入ったブランドをチョイスする。この状態はセレクトそのものである。だが、目にとまったチノパンツのデザインは一つしかない。後は売れるかもしれないが、バイヤーを感動させるものではなかった。
 セーターに例えれば、バイヤーが注目したのは、濃紺のフィッシャーマン・タイプだけだった。それ以外にも色数があったが、バイヤーにとっては、この濃紺が一押し。もちろん、ほかのデザインだって仕入れて損はない。そこそこ売れる感触がある。
 このとき、どんな決断を下すか。ここで「セレクト」と「品揃え」が分岐する。前者の考えでいけば、気に入ったアイテムしか買い付けない。ブランドに惑わされず、あくまで単品に的を絞る。だが、この路線で仕入れると、時間と労力は何倍にもなる。
 一方、多くのセレクトショップはブランド優先で揃えている。新進気鋭のデザイナーブランドに注目すると、そこでは代表的なアイテムをチョイスする。単品の魅力よりも、ブランド・イメージを重視する。ただ、これは厳密にいうと「品揃えの発想」というのが、先の指摘である。
 モノの魅力を突き詰めていけば、単品の力がセレクトショップの生命線である。単品にこだわり、単品がもつストーリーに共鳴する。セレクトショップは増えても、こうした考えを貫く店は少ない。いま一度「セレクト」を吟味してはどうだろう。

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