最後の追込みが2週間続いた。いよいよ、縫製作業の始まりだ。その前に服地にアイロンを当てる。バキューム装置の付いたスチームアイロン。家にある家庭用とは違う。これを使って服地と裏地をプレスする。次に服地を型紙に沿って裁断。服地が薄いためハサミが進まない。丁寧にやればやるほど、断面がぎざぎざになる。
これが終わると、裁断した部分にロックミシンを掛ける。工場見学では何度も見ているが、やるのは初めて。まず、先生が手本を示す。服地の端を数ミリ切断しながらロックを掛ける。「切り過ぎないようにね」の指示にペダルを踏み込む。ゆっくり服地が前進するのだが、肝心のロック部分が空縫い。服地の切りすぎを恐れたためか、数箇所に空縫いが生じ、縫い目を解いてやり直しの連続。試行錯誤を繰り返しながら、脇線とヘムのロックが完了した。
次に待ち構えていたのが本縫いである。本縫いをするにあたって服地に躾を施す。躾糸で服地の中心線を縫う。それが終わると「切り躾」といって、二枚に重ねた服地を縫い、重なり部分の躾をにぎりはさみで切り離す。服地を切らずに躾糸だけを切るのは根気がいる。
その服地を持って重厚な工業用ミシンの前に座る。自動車教習所で初めてハンドルを握ったときの心境を思い出す。膝の位置にあるレバーを足で押すと、ミシンのおさえが自動的に上がる。手動の家庭用ミシンとは違うな。ちょっとした感動を抱きながら、ゆっくりペダルを踏み込む。カシン、カシン……乾いた音を響かせながら服地が動き始める。スカートの両脇が縫合されると、かなり完成品に近づいた。
4日目。始める前に先生の「今日中に完成させようね」に「えっ?はい…」。前回の作業で完成品に近くなったとはいえ、ベルトもなければファスナーもない。ウエストのギャザーだって、これからである。果たして完成するのか……。
まず、裏地作りからスタート。型紙に合わせて裁断し、ロックを掛ける。前回に比べれば、ロックも本縫いもスピードが上がった。するとすかさず「慣れてきたときにミスを冒しやすいから注意してね」の警告。作業態度で気持ちを見抜かれてしまった。気持ちを入れ替えて慎重にミシンを回す。
出来上がった裏地を、こんどは表地と合わせる。ボディに二つをピン止めして、床上がり寸法を調節する。スカートの裾をまくり、表地と裏地の丈を合わせる。堂々とスカートをまくりあげるのは、これが初めてである。
それが終わると、脇にファスナーを取り付け、さらにウエストをつくる。ギャザーのバランスは先生に一任。先生の仕事を見学する。そして、ウエストベルトを本体に縫い合わせると、ほとんど完成だ。「あとは纏りだけ……」と聞いて安心していたら、これが大変。おばあさんの裁縫作業が待っていた。ウエストの裏側とスカートのヘムを1周。これを手で縫っていく。針仕事をこんなに長い時間やるのは、小学校での家庭科実習以来のことである。
かくして「オジンのスカート挑戦」は、延べ4日間、時間にして約20時間を費やし、何とか完成にこぎつけた。もちろん、その多くは先生の手助けによるもので、こちらは役立たずの助手をしていたに過ぎないが、それでも一つのアイテムを最初から最後まで立ち会えた経験は貴重である。なぜなら、20時間も続けて見学することは不可能に近いからだ。
この研修によって得たものは技術ではない。もし、技術を習得するためだったら、パターンだけでも1、2年。縫製にしても同じである。では何を習得したのかといえば、スカート1着を作り上げる、すべての工程を体感したこと。人づての話や見学では得られない、服づくりの技術や作り手の意識を、直近で感じることができた収穫は大きい。
もし、これをファッション産業に従事するすべての人(営業や販売)が体感したならば、もつと健康な産業になるだろうし、一般の人たちにとっても“賢い生活者”への一助になるはずである。ともすれば、服づくりがコストの秤に掛けられがちな昨今ではあるが、今回の研修によって「つくり手」と「着る人」のコミュニケーションがさらに密になる必要を感じた。つくり手の心情、心意気が着る人に伝わったとき、それがグレードのいかんにかかわらず、新しい価値を生むのではないか。そんな思いが増幅する。
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